金色の瞳の虎、
あるいは、天虎と呼ばれた類の




 ――この山には、虎が棲む。
 ただの虎ではない。二対の琥珀を瞳に持つ、金目の虎だ。
 かつて太古の神仙を喰らい、人智すら遥かに超えた理知を手にしたという。





 独自の文化を持つ領土を治める、花をそれぞれの名に記した八つの紋。
 その集まりが八華連邦だ。
 連邦の中に属する者は華人、華の者と呼ばれ、外に住まうものとは厳格に区別される。

 そして現在の八華のうちの一、梅の紋を治めるのが、彩香の父親である朝妻知治あづまともはるだ。






虎のようだと思ったのは、かつて聞いた昔話のせいだ。






 瞳の色は金、髪は黒。二本の腕と足を持つ、人の形をした獣。

「……お父様」
 目がくらむような心地がして、彩香はふらりと後ずさる。
「世界にまたとない珍種だ、金を払って手に入るものではないぞ」

「なにを言っているの……? お父様、彼は」





「お前は本当に、それが彼女のためだと思うのか」


「幸せであろうと、なかろうと。安全の約束された結婚だ」
「お嬢様に危害を加えてみろ。地の果てまでも追いかけて、貴様を殺す」






 花は散らない。だから実はならない。
 朽ちることも継ぐことも知らず咲き続ける。
 享楽の生み出した木、永遠の華。それは、叶わなかった願いを慰めるためのものだ。



「たすけて」
 聞かせることの許されない声だった。
 誰であろうと。何にであろうと。漏らしてはいけない声だった。

 聞き届けた彼は、金の瞳の虎の子は。
「来い、彩香!」
 恐れを棄て去った燕のように、手を伸ばす。







憂うる人よ 乞う人よ 汝が唄は誰が為に――








「彼女を妻に。俺の、生涯の伴侶に」











李枝に唄うた
天虎の噺




「散らない花はないのよ、お父様」