一切の音がかき消えた。
 立ち尽くしたのは二人だけだ。糸が切れたかのように地に倒れていく女性たちを、ウォルターは瞠目したまま眺めていた。左右する顔はやがて、組み合ったまま瞳を閉じたアネットとメリッサに固定される。
「アニ、エス?」
 この期に及んで、とウィゼルは薄く笑う。
 亡霊のような足取りで彼女らの傍に膝をつき、ゆるやかに目を細めた。もつれたメリッサの体を転がし、その下に埋もれたアネットを引き上げる。だらりと力を失った彼女の体は、死人のそれのようだった。わずかに上下する胸元に目をやって、ウィゼルはほっと息を吐く。――生きている。ならば待っていられるだろうと思った。
 遠くに高い靴音を聞く。息を切らせて駆けてきたレナードは、その光景を目にして全てを悟ったらしい。動けないでいるウォルターの背後に歩み寄り、細い手首に手錠をかけた。
「……すぐに人を呼ぶ。ここを動くなよ」
 低い声の指示に、返事をする力はなかった。座り込んだまま動かないでいると、レナードは小さく首を振り、ウォルターを引きつれて離れていく。ふたりの気配が遠ざかるのを待って、ウィゼルはアネットの体を引き寄せた。
 ――託された一瞬に選択をするまでもなかった。銃に込められていた弾は、最初からたった一発だけだったのだから。
 打ち出したのは、継力の回路を断絶する銃弾。レナードが試験用にと持ち歩いていた、ユークシアの継力技術の結晶だった。定められた範囲内に存在する継力鉱石の動力を打ち消し、無力化する――それは脳に継力回路を抱えた彼女たちにとり、存在そのものの否定に等しい。
 思考を失い人形と化すか、それとも生命活動そのものを停止するか。彼女たちに残されたのは、二つの道だけだった。
 ウィゼルは心臓を止めたメリッサを見下ろし、それから眠りについたアネットの額に触れる。顔にかかった髪の束を除けてやれば、薄い呼吸が感ぜられた。
「終わったよ」
 やっと終わったんだ。くり返し呟いて、薄く笑う。
「待つよ、アネット。きみを待つ。どれだけ時間がかかっても、ずっと待っているから、……だから」
 続きを見いだせないまま、ウィゼルは体から力を抜いていく。
 アネットの呼吸は乱れない。数日と待たずとも、いずれ彼女は目を覚ますだろう。同じ姿、同じ顔で、しかしガラス玉のような瞳と、言葉を知らぬ唇を携えて。失われた歯車を再び重ね合わせる時間は、それまでの十年に比べれば酷く穏やかなものに思われた。
 膝の上にアネットの頭を下ろす。固く閉ざされた目蓋に唇を寄せ、遠い笑顔を思いやった。

「おやすみ、姉さん。――さよなら」

 静寂が満ちる。取り残される虚ろさは、夜明け前のひとときに似ていた。