「それ以外に方法はないだろうし。……となると、まずはここを出ないと」
ウィゼルは開かれた窓から屋内を覗いて、そこで怪訝そうに首を傾げた。彼の視線を追い、アネットもあれと声を上げる。
飛行場が爆撃されたというのに、誰ひとりとして現場の様子を見に来ないのだ。アネットを追ってくるはずのメリッサでさえ、その姿を見せる気配はない。それどころか、窓の前をよぎっていく人影は、揃って一方向へと集合しているらしい――まるで、何かに引きつけられるかのように。
躊躇したアネットに対し、ウィゼルは「好都合だよ」と肩をすくめる。そのまま建物の中へと素早く身を滑りこませた。じっとりとした視線に促されて小走りで追いかけると、彼は行き先に迷う様子もなく足を進ませていく。
「ウィズ、道……」
「構造は分かる。近くまで来たことがあるし」
「はあ!?」
思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。迷惑そうにしかめられた顔が向けられるので、はっとして口を塞いだ。ウィゼルは再び足を速める。
「バームで、ウォルターを見かけたんだ。……きみを置いていったとき」
彼は言いづらそうに、声をこもらせた。
「飛行機で飛んでいったから、その方角を調べ続けた。そうしたらここが見つかったんだ。でも一人で乗り込むわけにはいかなかったから、今度はあいつが出かけていく先を調べて……」
「だからユークシアに?」
「そう。まさかアネットがあの警官なんかに捕まってるとは思わなかったけど」
次第に彼の声がとげとげしいものへと変わる。アニエスの名に釣られ、そのまま警察署に運び込まれる形になったことを、未だに屈辱としているのだろう。
レナードの企みに加担した立場のアネットには返す言葉がない。口元をもごもごとさせていると、ウィゼルはあからさまな溜息をついて話を切り上げた。
そうしてふと、声を落とす。
「ウォルターがバームにいたのは、継力鉱石を集めるためだ」
かつん、と、足音がひときわ高く響いた。しばらくの沈黙を置いて、ウィゼルは言葉を継ぐ。
「あちこちの良質な鉱石を、くず同然の安物と差し替える。そうすれば当然、回路は動力の限界を越えて暴走するだろう? その原因をバームの技術不足に見せかければ、疑われる心配もなしに純度の高い鉱石が集められる」
「その鉱石は、どこに」
「考えてみなよ。もう分かるだろ?」
自ら考えさせるための、間。そんなものは必要なかった。
継力の動力増幅効率は、その純度と大きさに比例する――彼自身に教わったことを思い返す。ゆえに小型かつ精密な継力機器を作りあげるには、鉱石自体の純度を上げるほかにないのだ。その大原則に則ってかき集められた高純度の鉱石は、ウォルターによって、人格を書き込むための装置へと埋め込まれていったのだろう。
「ユークシアにあれだけの戦力を傾けても、ここにはまだ代えがある。たぶん他にも同じような建物があって、そこでもやっぱり人間兵器を作っているんだ……なに、どうしたんだよ、アネット」
ぴたりと足を止めたアネットを、ウィゼルが胡乱げにふり返った。それを戸惑いと共に見返したアネットは、言い淀んだ末に言葉を吐く。
「ねえ、ウィズ……それじゃあ、この人たちはどこから来たの」
「……どこから、って。戦争捕虜じゃ、」
言いかけて、ウィゼルは目の色を変える。その反応に確信を得た。
――おかしいとは思っていたのだ。ユークシアを襲撃した人々の中には、明らかに戦後の生まれであろう若者たちが大勢混じっていた。それに加え、戦争の終結から二十年経った今もなお、兵力の増員は続けられている。導き出されるのは、現在も継続して人員の収集が行われているという事実だ。
数人の誘拐だけならばことは容易い。だが建物ひとつを埋めるほどの人数を集めるとなれば別だ。警察組織が構成されたユークシア国内でそれを行おうものなら、継力鉱石の盗難とは比べ物にならないほどの騒動になってもおかしくないはずだった。
「ウォルターの背後には、もっと別のものがある……?」
ウィゼルが呟く。それも、山ほどの人を招集できるほどに大きな影だ。アネットが神妙にうなずくと、彼は「くそ」と毒づいた。
「考えもしなかった。駄目だな、あいつのことにしか頭がいってなかったみたいだ」
苦虫をかみつぶしたような彼の表情を、アネットは微かな不安を抱えながら見つめていた。それが視界に入ったのか、ウィゼルはひとつまばたきをした後に力なく首を振る。
「もう勝手に動いたりしないよ。……十分頭は冷えた。きみをひとりで残しておいても、どうせ追いかけてくるんだろうし」
それでまたどっかの誰かに捕まっても困るし。
小声で続けるのを照れ隠しだと指摘しようものなら、彼は顔を真っ赤にして、一辺倒な反論を浴びせかけてくるのだろう。恨めしそうな視線が投げかけられるのを、目を逸らして受け流す。
漂った沈黙を打ち壊したのは、頭上に響いたエンジン音だった。文句を吐く寸前だったウィゼルがはっと顔を上げて、急ぐよと一声叫び駆け出す。
無人の廊下を駆け、眼前の扉を開け放った。しかしその靴裏は、砂利を蹴ったところでもう一歩を踏み留まる。ざり、と耳障りな音が虚空に消えると、すぐに無音が降りた。
「……っ」
一斉に突きつけられたのは銃口だ。小銃の照準は二人の胸元に定められ、引き金にはすでに指がかけられている。
建物の出入り口という出入り口を抑えていたのだろう、彼らがまとう紺色の軍服には一揃いの意匠が凝らされている。飛行場に爆弾を落としたのも同じ手の者だと予想を立てて、アネットは苦い唾を飲みこんだ。
「ウォルター・グライドの手の者か」
堅い声が問いかけるのに首を振る。黙りこんだウィゼルに代わり、アネットはためらいがちに口を開いた。
「捕まっていたんです、……ウォルターに」
「信じるに足る証拠はあるか」
反感と諦念は同時に降った。胸を締め付けるような緊張を堪え、再び首を振る。
大人しくしていれば射殺は避けられるだろうか、それとも。アネットは身を固くしたままで相手の出方を伺う。
するとひとりの男が建物の内部に目を走らせ、他に人影のないことを確認して、一度小銃を下ろした。腰元から取り上げたのは小型の通信機器だ。呼び出しをかけて数秒後、雑音と共に何者かの声が届く。男は「こちら十二小隊」と答えを返した。
「……子供が二人。ああ、丸腰だ。拘束するか……、いや、だから男女だと、はあ?」
小声で行われていた報告に、突如、裏返った声が混じる。何事かと目を跳ねあげたふたりの前で、彼の顔面は次第に険しさを増していった。
「お前の担当は裏口だろうが、早く大尉に通信機を……だから、その前提で同行を許可されたんだろう!? 勝手に持ち場を離れるようなら俺が上に報告して……くそっ、あの馬鹿切りやがった!」
荒々しく通信機を戻した彼は、再び小銃を握り直す。心なしか苛立ちの滲んだ口調で吐き捨てた。
「ともあれ拘束はさせてもらう。妙な真似をすれば撃つ、動くなよ」
アネットとウィゼルは揃って首肯する。その従順さに溜飲を下げたのか、男は幾分か冷静さを取り戻したらしい。部下であろう二人に縛り上げるように指示を飛ばし、自身は油断なく銃を抱えていた。しかしふいに、彼の背中に影が差す。つられて顔を上げたアネットは、そのままぽかんと口を開けずにはいられなかった。
「あー、ディオット。それ、俺の知り合いだ」
頭を掻きながらそう言ったのは、憎らしいほどの精悍さをたたえた青年。