お使い
焼け落ちるのは早く、あまりにも唐突だった。常盤と呼ばれた木々でさえ、火が燃え移ればいとも簡単に灰塵と化した。
弾ける火の粉の中で人々は逃げ惑う。噂話に花を咲かせていた女性も、酒をあおっては赤ら顔をしていた男性も、木の枝を手にごっこ遊びにいそしんでいた子供すらも、今や火の海に沈んだ村から一刻も早く逃れようと息を切らしていた。しかし獣を避けるべく自ら打ちたてた柵を越えることは決して叶わない。封鎖された村の中、彼らはすでに逃げ場を失っていた。
ひとり、またひとり。鉛の弾を撃ち込まれた体が倒れていく。
鼓膜を震わせる発砲音はひっきりなしに続いていた。それが本来獣に対して振るわれるべき力であることを、まだ年端もいかない少女でさえも理解していた。
――だからこれは、この光景は、きっと夢であるはずなんだ。
木製の柱が燃え尽き、軋んで崩れる。炎を纏ったそれに押しつぶされたのは母親だった。その名を呼んで立ち止まった瞬間、弾丸に撃ち抜かれたのは父親だった。彼に抱えられていた弟は地面に叩きつけられ、断末魔のような声が少女の耳をつんざく。その小さな体がまるでボールのように蹴り飛ばされて、彼の泣き声もすぐに、かき消された。
最後に彼女の耳朶を叩いたのは、やけに重く響いた足音。
「お嬢ちゃん」
目の前に屈みこみ、大柄な体躯の男が猫撫で声を上げる。村人たちを虐殺した彼らは皆そろって深緑の軍服に身を包んでいた。震えながらあとずさった少女は、その背を何者かに衝突させて「あ」と声を上げる。ふり向いた先の歪な笑い声が耳をねぶった。
「一緒に行こう」
「い、や、やだ、や……」
「来るんだよ」
握りしめていた小さな手が、手首ごと掴まれて強く引かれる。軍人の力に華奢な少女が抵抗する術はない。地についた足も軽々と引きずられて、最後にはあっさりと抱え上げられた。
泣いても叫んでも助けてくれる人はいない。――だってみんな死んでしまった。隣人が、友達が、母親が、父親が、弟が、誰もが炎に呑みこまれていく。少女にはもう呼び付けるような名は残っていなかった。「助けて」と絞り出した声も、彼女を抱えた男によって一笑に付されるのみだ。
瞬間。
空を渡り雲を裂いた閃光が、一直線に村へと落ちる。
ああ、と、言葉にならない嘆きが少女の口から漏れていった。
光は瞬く間に視界を飲みこみ、炭となった村をその暴力と轟音のもとに閉じ込め浄化する。まるで、それこそが神の与えた罰であるかのように。遅れて解き放たれた暴風が、砂埃を伴って少女の顔に叩きつけられた。粉塵に瞳は曇り、ぼろぼろと涙がこぼれて落ちる。
人が、家が、森が、塵と消える。自分の生まれ育った小さな村が、土と砂ばかりが降り注ぐただの地平に変わり果てていく。
少女はただ、見ていることしかできなかった。