やくそく
 すっかり花弁を散らした花々を、白銀の雪がうすく包みこんでいた。赤、青、黄色、目を焦がすような色彩も可憐ではあったけれど、白という色がいっとう好きだとソニアは思う。抱える闇も、悲しみも、包み隠しては染め上げる清廉の色。光であり、決意の色だ。
 降り積もったそれは、確かに奇跡であった。
 メリアンツからの帰路につくうちに、雪はまるで夢であったかのように止んでしまったのだ。それが現実だったのだと訴えるのは残された白の幕ばかりで、人はその上に足跡をつけることをためらうように立ちすくんでいた。気にも留めずに歩いていたのは、鼻息を鳴らす馬ぐらいのものだった。
 氷の粒、だから、いつかは溶けて消えてしまうだろう。もしかしたら明日にも。けれどその事実、人々の記憶はいつまでも残る。
 まるで神話のようだ、と思った。
「優しい青、です」
 空の色が。傍らで手をつないでいてくれる彼に語りかける。
 彼は、うん、と同じように空を見上げて、眩しそうに目を細めていた。
「ラクスの目と同じ色。静かで、綺麗で、優しい、冬空」
 歌うように言うと、かいかぶりすぎじゃないかと彼は笑った。むっと頬を膨らませる。
「嘘じゃありません」
 いつも思っていた。空が曇れば不安になった。そんな恋をしていた。
 冬枯れの人、光を灯す人、誰よりも寂しく、誰よりも遠くを見つめていた人。そして届かないはずの声に、耳を澄ましていてくれた人だった。閉じ込められた名前を呼んでくれた人だった。だからわたしは、ここを選んだ。
「ここにいたいです。わたし、あなたのとなりに。あなたの耳に、声が届くところで、ずっと」
 彼はきょとんどソニアの顔を見て、それからゆるやかに、笑った。それが彼のすべてであり、ソニアのすべてだった。

 どうか二度目の誓いを。忘れてしまうなら、何度でも口にしましょう。

 雪を踏んで、彼は向き直る。やけに改まった顔をするので不思議に思った。
「……きみが空に僕の目を見るなら、僕はきみを、閉じた瞳のなかに見ようか」
 そう言って自分の目を指さす。どういうことだろう、と考えたのはほんのひとときで、すぐに答えに思い至った。
 髪、目、その黒色。ああそうだ彼はわたしの顔を知っている。意味することは、つまり。
「そ、んな、こと」
 頬が火照る。ついさっきは同じことを言っていたのかと思うと、恥ずかしくてたまらなかった。それでも彼は笑うだけなのだから、もしかしたら本当に冗談だと思われていたのかもしれない。
 彼は手を伸ばす。ソニアの髪を、頬をなぞって、指先が唇に触れる。
「嘘は言っていないからな」
 空が降る。
 それは、小さな約束だった。

(完結記念小話)