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PROLOGUE
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――わたしにそらを。
風が吹き込む。
目を焼いた景色は、青。
――アクエス。
蜘蛛の巣のように張り巡らされた橋が、海をまばらに透かす都市。
上層市民と下層市民を分かつ線引きはひとつ。
技術に賛同し受け入れた者たちの子孫であるか、
反対し遠ざけた者たちの子孫であるかということだけだ。
「分かり合えないなら、触れ合わなければいいのに」
「初めまして、イチカ。エイトといいます」
「名前! 勝手に呼び捨てにしないでちょうだい!」
「呼び捨ては嫌ですか? 親密な感じがして、俺は好きだけどな」
(冗談じゃないわ)
学校の友人にまで、婚約者などという存在を知られたくはなかった。
それをかの青年は土足で踏みにじろうとしているのだ。
「この婚約は、上層と下層の合意で為されたものです。
上層出身のあなたと下層出身の俺との結婚を、
歩み寄りの一助にしたいようで」
「そういうことですから、よろしくお願いしますね」
「お断りよ」
「イチカ、勝負をしましょう」
「俺はこれから、あなたを口説き落とします。
俺のことしか考えられなくなるぐらいに、夢中にさせてみせるから」
――違っていた。慰めてほしいのも、頭を撫でてほしいのも、抱きしめてほしいのも、昨日今日会ったばかりの青年などではない。
幼いころに開いた穴は、他のものでは埋まらなかった。
そんなことには気付いていたのに。
「あなたなんかじゃないわよ……!」
「教えましょうか、水に溺れないようにする方法」
「まずはむやみに暴れないこと。それから、息を止めていること」
伸ばした指で、前触れもなく、イチカの唇をさらっていく。
低く、囁くように言った。
「……キスをしたときみたいにね」
八神一花。
八神議員の娘。
八神警視ではないほうの子供。
まだひとり身の、
婚約させる価値のある、娘。
(どうして、“好き”でなければいけなかったの――)
「俺は」
鼓膜を掻くように、声。
「俺はあなたを好きになりました。
ほかの誰でもない、イチカ自身のことを」
息のしやすい場所を愛が作るのだとすれば、きっと――
2015年 8月初旬 更新開始
「勝負をしましょう、エイト」